何のために意味なんか求めるんだ?
人生は願望だ。
意味じゃない。
byチャールズ・チャップリン(コメディアン)
コメディアンであるチャールズ・チャップリンの名言です。
元の英文はこちらです。
What do you want meaning for?
Life is desire, not meaning.
自分の人生に意味を求めたくなる、それは何となくわかる気がします。
この人生に何の意味があるんだろうと、そして自分が今していることや考えていることに意味を持たせたくもなります。
でも、人生って実はそんなに深く考える必要は無いのだと思います。
何をするべきか?とか、どうあるべきか?とか、どういった人生を送るのが良いか?等々、ふとした瞬間に考えてしまいそうです。
でも、そんなことを考える必要はあまり無いのかもしれません。
私たちは朝起きて、ご飯を食べて、夜になったら寝る。
それを毎日繰り返して、最後はこの世に別れを告げます。
何を思っていても、何を考えていても、その人生の流れに個人差はありません。
意味なんかではなく願望。
私は今生きている、じゃあ生きているうちに何をしたいか。
深く考えずに、何をしたいかだけを考える。
それだけで十分なのかもしれませんね。
人生にいろいろ意味を持たせたくなるのはわかりますし、私もそのタイプです。
でもそんなこと考えずにやりたいことをやろうとする、それでそのやりたいことが出来ないのであれば、どうすればできるのかを考える。
それだけ十分なのかもしれません。
おはようございます。
本日から3月1日。
時の流れ早いものです(なんだか月初のブログには毎回同じことを書いている気がします)。
日常生活では、先日、私が働いているインドネシアの現地工場の工場長が日本へ本帰国され、いよいよ仕事量が増え、私の肩に重くのしかかってきた段階です。
工場長の勤務最終日は先月の23日だったのですが、その1~2週間前から工場長は従業員から数多くのプレゼントを貰い、工場の至る所で記念撮影会が行われていました。
以前にも別の方が退職して本帰国になったことがあったのですが、従業員の様子はまるで異なりました。
こちらの人は写真が好きなので、記念撮影は何となく予想出来ていましたが、私が何より驚いたのはプレゼントの数々。
こちらの人の最低賃金は日本円で約2万円。
こちらで生活していると、約2万円での生活は厳しすぎると身をもって感じています。
ほとんどの従業員が借金、ローンまみれです。
そんな中でプレゼントの為に家計から何とかしてお金を捻出してプレゼントを買ったのかと思うと、工場長の人望に改めて驚かせれた次第です。
そして、勤務最終日。
午後2時に工場長は工場を出たのですが、見送りに集まった従業員の数に脱帽でした。
表現は良くないのですが、まさに葬式の際の出棺。
車を取り囲んで、誰もが最後に握手をしたいと殺到。
涙を流す従業員たち。
私自身も、お世話になったので最後の日は泣いてしまうだろうなと思ったのですが、従業員も同じだったようです。
私の社会人生活はまだ長く、これから何度も幾人かの退職を見届けるでしょうが、おそらくこれを超える光景を見ることは無いだろうなぁと思いました。
退職というのは、人生のゴールではなく、単なる人生の一区切り。
でもそれは、大きな一区切り。
この大きな一区切りをこんな光景で終えることが出来るのはなんと幸せなことかと思わずにはいられませんでした。
でも、この未来の大きな一区切りの光景を作るものは、今にあります。
今の頑張りがこの大きな一区切りの礎となるはずだと、工場長の退社を見届けながら、そんなことも考えました。
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