はっとさせられる言葉たち

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自分をコントロールできない者に、(書評:明治維新の正体-鈴木壮一著)

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Johannes PlenioによるPixabayからの画像

自分をコントロールできない者に、

自由はない。

byピタゴラス(数学者・哲学者)

 

こちらの名言も少し逆説に近いような印象を受けます。

まず、「自由」という言葉が、そもそも何事にも縛られない、そして何も考える必要なく、思うがままに何でもできる状態と捉えらるかと思います。

そこには、本来、自分をコントロールする必要なんかないはずです。

しかし、ピタゴラスは、自分をコントロールできなければ、自由はないと言っています。なぜでしょうか。

もちろん、ピタゴラスの真意が私にわかるはずはないのですが、おそらく、自由はあるものでなく、感じるものだからということなのだと考えています。

また言い換えれば、人が生きていく上で、自由なんて有り得はしないとも捉えても良いかもしれません。

人は生きなければなりません、生きているからこそ自由があるはずですので、何をおいても、まずは生きることが出来てこその自由です。

そうなりますと、生きる、これには現実問題として生命維持の為に何かを食べていかなければなりません、何かを食べる、すなわち働くということですが、もっと核心を突けば食べ物を探さなければなりません。

そのような制約がある中で、何事にも縛られない、そして何も考える必要なく、思うがままに何でもできる状態なんてありえません。

常に何かしら悩むことになりますので、自由というのは、「ある」ものではないと先ほど述べた次第です。

では、ピタゴラスが言う「自由」とは何か、繰り返しになりますが、それは「感じる」ものだと思います。

どのような状況であれそれを自由と感じる人もいれば、自由と感じない人もいると思います。

その違いは何か、それがピタゴラスの言う「自分をコントロールする」ことが出来るか出来ないかだと思います。

 

 

 

おはようございます。

本日のブログは書評です。

下記の本を読みました。

明治維新の正体 新書版

明治維新の正体 新書版

  • 作者:鈴木 荘一
  • 発売日: 2019/06/03
  • メディア: 新書
 

私の歴史認識はほぼ歴史小説から入っています。

書籍「いっきに学び直す日本史」の中で元外交官の佐藤優氏が、歴史小説で歴史を勉強してはいけないと述べています。

理由として歴史小説はフィクションが入り混じっているため、楽しむ分には良いが、かなりの知識が無いとフィクションと実際のことを見分けられない為です。

これには私も同意します、確かに歴史小説一辺倒では非常に危ういと思います。

だから、というわけではありませんが、私はいつも歴史小説を読んだ後に、興味のある分野は新書などで知識の補完をするようにしています。

もちろん知識の補完なんて言葉を使っていますが、好きで読んでいるだけですが。

今回読んだ「明治維新の正体」も、歴史小説を読む中で明治維新のことをもう少し知りたいと思った為、購入しました。

こういった本でもやはり著者の考え方次第でいかようにも書けるはずですので、歴史小説よりは史実に忠実に書いているはずですが、少し注意は必要かと思います。

しかし、この本に書かれていたことは、ほぼほぼ私の想像通りでした。今の日本の風潮と重ね、まさに「勝てば官軍」なのだなと思わずにはいられませんでした。

歴史小説を読む中でも度々、疑問に思いました、ん?尊王攘夷?明治維新は日本の近代化を切り開いた?佐幕派?海外に門戸を開きたいのは幕府か薩長どっちだ?

この本を読んで明治維新のややこしさが良くわかりました、もう少し他の明治維新関連の書籍を読みたいと思わせる内容でした。

私は、今の日本の坂本龍馬万歳みたいな風潮は正直好きではありません。

坂本龍馬という人物がどういう経緯を辿って何をしたか、そこを深く理解する必要があるかと思います、大河ドラマに影響されすぎかと思います。

 

 

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