はっとさせられる言葉たち

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人間を自由にできるのは、人間の理性だけである。人間の生活は、理性を失えば失うほどますます不自由になる。

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人間を自由にできるのは、

人間の理性だけである。

人間の生活は、理性を失えば失うほどますます不自由になる。

byトルストイ(作家)

 

 

 

トルストイは、ロシアの小説家・思想家で、ドストエフスキーやツルゲーネフと並び、19世紀ロシア文学を代表する文豪とも言われています。

代表作の「戦争と平和」は有名ですよね。

ロシア文学ではドストエフスキーとトルストイは有名で、ドストエフスキーの「罪と罰」、そしてトルストイの「戦争と平和」は高校の世界史でも習ったような気がします。

さて本日は、ちょっと解釈の難しそうな言葉を紹介してしまいました。

はっとさせられた言葉だと思ったものの、ブログの中でうまく説明出来るか不安です。

ですが、とりあえず、この言葉の意図を私なりに考えてみたいと思います。

自由と理性、それは一見、対極にあるもののように思えます。

理性とは広辞苑にはこのように書かれています。

理性:

本能や感情に支配されず、道理に基づいて思考し判断する能力

出典:広辞苑

自由と聞けば、それは理性とは真逆で、何も考えず本能や感情に任せて何事も自分の思うがままである状態のような気がしてしまいます。

ですがトルストイは、人間を自由に出来るのは理性だけ、理性を失えば失うほど人間の生活は不自由になると言っています。

自由という言葉には、本能や感情のままにという表現がぴったりなのに、トルストイは本能や感情ではなく理性が必要だと言っています。

私なりの解釈は、トルストイは言葉の中で「人間の生活は」と言っていますので、人間社会は、到底、本能や感情で理解、対処できる代物ではなく、そんな人間社会で生きていこう思えば、理性を磨き携えることでしか自由を感じられないと伝えたかったのではないでしょうか。

また、自由というのは一種の考え方や捉え方でしかなく、私は自由であるという考え方や捉え方を生むのものこそが理性からだからかもしれません。

人間はどのような境遇、状態でも自由だと考えることができる反面、不自由だと考えることも出来ます。

他人から見て、辛く可哀想な境遇でも自由に生活している人はいます。

反対に他人から見て、羨ましがられる境遇でも、自分は不自由だとふさぎ込んでしまう人だっています。

この両者の違いは、考え方や捉え方ですよね。

トルストイが伝えたいのは、理性、すなわち考え方でのみ、人は自由になれ、考えることを止めてしまえば、人はどんどん不自由になると伝えたかったのではないでしょうか。

考え方次第で、自由にも不自由にもなれる、私はこの言葉をそう捉えています。

 

 

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