はっとさせられる言葉たち

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柔道の基本は受身 受身とはころぶ練習 まける練習 人の前にぶざまに恥をさらす稽古 受身が身につけば達人 まけることの尊さがわかるから

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柔道の基本は受身

受身とはころぶ練習

まける練習

人の前にぶざまに恥をさらす稽古

受身が身につけば達人

まけることの尊さがわかるから

by相田みつを

 

はっとする言葉だと思います。

そういえば、確かに柔道は受身の練習から入っていたなと思い出しました。

と言っても、私は高校の授業で通り一辺倒のことしか習っていませんが。

受身を最初に習う理由として、実際には、受身の練習をすることが怪我の防止に繋がるからだと思いますが、柔道を習い始め、一番最初に教えられるのが負け方、どうやって勝つのか、ではなく、負けるときはどうやって負けたら良いのかを教えるということは、なんだかいろいろ考えさせられますよね。

柔道だけではなく、人生にはいろいろなことで勝ち負けを意識することがあります。

ただ間違いなく言えるのは、人生において物事を勝ち負けで測ったとき、圧倒的に負ける回数の方が多いということです。

しかも、負けて恥をかいたり、だらしなかったり、ぶざまだったり、今もその負けを思い出して、恥ずかしいと改めて思う経験は誰しも一度や二度はあるはずです。

柔道の受身は、負けて元々、むしろ潔い負け方を知りなさいと言っているようでもあります。

仕事でも人付き合いでも、負け方をしっかりと知っていれば、何か議論をしたり、言い合いになっても、それが終わればまた以前と同様に協力したり、付き合っていけると思いますが、負け方を知らなければ、関係性自体を回復不能なまでに破滅させ、そして、その人に対する陰口を言うという、負け方を知らないばかりに最悪の形となります。

勝ち方ではなく、まず負け方を教える、柔道の受身は上記で書いた通り怪我の防止というのが第一でしょうが、捉え方を変えることで日々の生活へも活かせそうですよね。

 

 

 

おはようございます。

最近、気になる言葉が一つあります。

「経済活動」という言葉です。

コロナの抑え込みに効果が表れた際に、「経済活動の再開に向けて~」「経済活動の回復」とよく聞きますが、今、再開に向けて動いているのは果たして経済活動と言えるものなのか、と、私は少し疑問に思っています。

経済活動(けいざいかつどう)とは経済学用語の一つ。人間の社会生活において、金銭や物資の交換を行うということによって生活を成り立たせていくという部分のことを言う。

出典:Wikipedia

私は、経済活動自体は今も正常に行われていると思います。

強いて言えば、各国間の移動は正常ではありませんが、日々の生活において必要なものを買う、作る、ということはこのコロナ禍でも行われています。

私は経済の専門家でもありませんし、経済を学んでいたわけでもありませんが、ここへきて気付くのは、経済を回していたものの大部分が、ちょっとした贅沢、という人間にとって度を過ぎれば、無駄遣いや浪費という悪に例えられることだったのではないでしょうか。

私にはどうも、今、ニュースでよく使われるこの「経済活動」という言葉が、旅行や外食という言葉の置き換えのような気がしてなりません。

だからなんだ?というわけではありませんが、旅行や外食というのは言ってみれば贅沢です、なくても生きていけるもので、収入に見合わない度を過ぎたものであれば悪影響をもたらします。

私たちは今までが異常なくらいにそこへお金を使い過ぎていたのかもしれません。

皆が贅沢や無駄遣い、浪費を抑えた結果、これほどまでにダメージを受ける世の中というのはちょっとおかしい気がしています。

 

 

 

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