はっとさせられる言葉たち

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記憶にとどめておきなさい。

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記憶にとどめておきなさい。

本物の愛はギブ・アンド・ギブ、

つまり相手に代償を求めない無私の精神の発露です。

ギブ・アンド・テイクは見せかけの愛でしかありません。

byジョセフ・マーフィー(宗教家)

 

 

 

ギブ・アンド・ギブという言葉が好きなので、本日の言葉を紹介するに至りました。

本日の名言は「愛」としていますが、日本人であれば「親切」と考えた方が理解しやすいかと思います。

ギブ・アンド・テイクは見せかけの親切と言っています、確かにギブ・アンド・テイクは、何かをしたら、何かをしてもらって完結する形ですので、テイクが期待できないような状態であれば、ギブをする必要ないとも捉えられます。

だから、見返りを期待する親切な行為は親切な心からではないということです。

しかし、そうは言っても、そんな聖人みたいな心境になれないというのが正直なところではないでしょうか。

それでも私はこのギブ・アンド・ギブを大切にしています。

なぜか。

それは、ギブには気付いても、テイクには気付かないことが多いからです。

ギブに気付くのというのはわかりますよね、自分がしているんですから。

しかし、テイクは気付きにくいものです。

直接何かをしてもらった際でも、それを当たり前と受け取ってしまうこともあるでしょうし、その当たり前の裏側にいろいろな事情だってあるかもしれません。

もし私が何かを得た際、もしかすると裏で誰かギブした結果かもしれないのです。

自分では気付かずに、ギブ・アンド・テイクの形になっていた、ということですね。

例えば仕事では、私が依頼した業務に実は隠れた不備があっても部下は不満を言わずに仕事をしてくれたのかもしれません、昇進した場合でも幹部会などでどなたかが私の昇進のフォローをしてくれていたのかもしれません、何気なく送ったメールの返信でも忙しい合間を縫ってメールを即座に返してくれたのかもしれません、こういった場合、私たちは誰かのギブに気付きません、従って何かをテイクしたのだと思うこともありません。

ギブ・アンド・テイクの精神でいますと、ギブしたのにテイクされていないと思う事態が多発すると私は思っています。

これではいけません。

だからこそ、私は心の持ちようとして、ギブ・アンド・ギブでちょうど良いのだと思っています。

テイクしていないと思っても、どこかでテイクしているはずですから、ギブ・アンド・ギブの精神でいて、ちょうどギブ・アンド・テイクという結果になっていると思っています。

 

 

 

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