他人と比べて得られるのは失望と嫉妬だけ
比べるなら過去の自分だけ
by作者不詳
他人と自分を比べ始めるとキリがありません。
自分よりも恵まれない状況にいる人を見て、自分はまだ幸せな方だと思うことは、考え方が良いとは言えないでしょうが、事実あるかと思います、しかし、どちらかというと自分よりも幸せな人(幸せに見える人)を見て、どうしても自分と比べてしまい、失望や嫉妬という感情が生まれるということの方が多いのではないでしょうか。
この考え方をしていますと、いつまで経っても現状に満足することが出来ず、絶えず失望と嫉妬を携えながら生きていくことになります。
これは非常にもったいない生き方です、他人から見れば十分な幸せでも、自分はというと上(上と思われる)の他人と比べ、幸せな境遇に気付きません。
ただ、このことはわざわざ解説しなくても、何となくわかっていることだと思います。
人と比べて良いことなどありません。
しかし、他人と比べている意識は持っていなくても、誰しも「普通」と比べることはあるかと思います。
普通と比較してどうなのか、単純に普通よりも恵まれていれば嬉しくなり、普通よりも恵まれていなければ悲しくなります。
幸せを測る上で、普通と比較することは誰しもありますし、それ自体は間違っているとは思えません。
しかしこの「普通」も、自分の中でどこにその普通をおいているかと考えてみると、他人との比較に強く結びついていると思います。
私は良い仕事をしている=他人と比べて仕事の労働条件や給料が良い。
私はお金を多く持っている=他人に比べてお金を持っている
私は忙しい=他人と比べて仕事量が多い
私は良いものを食べている=他人と比べて高価なものを食べている、他人と比べてよく外食をする
私は趣味を楽しんでいる=他人よりも趣味が多く、趣味にかけているお金も他人より多い
誰しも普通より上か下かを気にするのでしょうが、気付かないうちに他人と比べてはいないでしょうか。
人はこの「普通」の基準でも他人を基に設定しがちです、しかも現代における他人の生活で、尚且つ自分の知っている範囲の他人と、極めて限定的です。
私のことで言えば、普通は2020年を生きる30代前半の日本人男性の生活と言えるかと思います。
この極めて限定的な条件が私の普通と言えると思います。
普通と比べていたはずなのに、気付けば他人と比べていたことになります。
他人と比べて幸せを感じたり、希望を見出したりするのであれば、同じくらい失望や嫉妬も生まれているということです。
比べるなら、過去の自分だけというのは、過去の自分と比べればまず失望や嫉妬は生まれまないからだと思います。
他人と比べないというのは、なかなか難しいものではありますが、事実として他人と比べることで失望と嫉妬が生まれてしまいますので、出来るだけ考えないようにしていくことが大切だと思います。
どんなに幸せな境遇でも他人と比較するだけでそれは幸せではなくなってしまうかもしれません。
これは非常にもったいないですよね。
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