はっとさせられる言葉たち

名言や言葉の紹介&雑記がベースのブログです。時折、何かの解説(カテゴリー「役立ち情報」)や旅行記などを書いていきます。

成功したらどうしようとは考えていますが、

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成功したらどうしようとは考えていますが、失敗することは全然考えてないです。

by 武豊

 

   

私の大好きな武豊騎手の言葉です。

武豊騎手の言葉は正直、そこまで深いなぁと考えさせられるものではありませんが、あの雰囲気から出る所作や言動が何よりの魅力ではないでしょうか。

言葉よりも何よりも所作や言動にこそ、その人の考えや物事の捉え方が表れると思います。

アメリカ時代の辛酸、サイレンススズカの予後不良、そして落馬事故からの復活、あの人の軽い雰囲気を見ていますと、そういった辛く大変な時期もあったのかと思わずにはいられません。

 

下記にていくつか武豊騎手の言葉を紹介します。

 

大一番の前は、緊張するし、ドキドキしますけど、ぼくは、そのドキドキが大好きなんです。これがなくなったら寂しいだろうな、と思う。レース前はぐっすり眠っても、レースのあとは興奮して眠れないことが多いですね。 

昨日のボクより上手に乗れるようになっていたい

ぼくの仕事は、勝って褒められるか、負けてブーブー言われるかのどっちかでしょう。始める前に、結果が出たあとのことをとやかく考えたって仕方がないじゃないですか。ぼくは、考えなくてもいいことは、ホントにぜんぜん考えない。単純なんですよ。

ここで勝てば何連覇だ、とかやっぱり考えます。でも、そうやって自分に期待することは、決してマイナスにはならない

自信がない時は絶対にいい結果は出ませんね、僕は自己暗示ではないですが、たいていは勝てるつもりで乗っています

負けたらどうしようではなく、勝ったらどうしようとだけ考える。そして、他人の期待より、自分自身に対する期待を大切にする。

 

武豊騎手は競馬場でも見ることがあり、初めて見たときに感動したのを覚えていますが、一番感動したのはトークショーの後のサイン会で間近でお会いした際です。

あれは13年前の2007年の冬でした。

その時の日記がたまたま残っていたので、こちらのブログに残します。

実は以前にmixiの日記に書いていたもので、いつか何かの拍子に消えてしまうんじゃないかと思い、あの頃の気持ちを忘れない為にもこのブログに残し、今日の締めくくりとします。

私がちょうど二十歳の時の日記ですね、文章の構成が今見ると下手ですね(笑)

   

トークショー会場は人でごった返し、武豊の顔さえも見えない。

平日の昼間だというのに、まずこの人の多さに驚いた。

遠くで背伸びをするがやっぱり見えず、僕にはマイクを通した声が聞こえてくるだけだった。

何とか見えないものかと二階で空いている場所を見つけ、文字通り潜り込んだ。

話している内容は今年の有馬記念について、そして自らの生い立ち等だった。

トークショーはあっという間に終わり、その後にサイン会が始まった。

僕は事前の応募でサイン会の招待状が当たったので、難なくいけると思っていたが、サイン会の会場にもたくさんの人がいた。

武豊展(写真等の展示会)の中に設えたブースだった為でもあるが、とにかくここも人混みがすごかった。

記念写真集を購入して招待券を渡し、さてどこだ、と思ったところ、待ち望んでいた本人は僕の目の前にいた。

目の前に、スポットライトに照らされた席に座る武豊騎手本人がいた。

本当に呼吸が止まった。

僕の中の時間は止まっているのに、周りの時間だけが流れていく、そんな感覚だった。

入って息をつく間もなく自分の番になった。

「10年前からすっと応援しています。これからもがんばってください。本当に応援しています」と、 そう言うだけで精一杯だった。

そして「本当ですか、ありがとうございます」 と笑顔で優しく返してくれた。

言いたいこともほとんど言えずじまいであっけなかった。

僕は気が動転して、緊張しまくっていた。

僕が行くとすぐにサイン会が終わったみたいで、会場がバタバタとした。

すぐに今日のサイン会は自分で最後だったということがわかった。

僕はしばらく会場でボーっとしていた。

飾ってある写真や記念品を見ても焦点が合わず、フラフラと展覧会を見ていた。

気持ちが整理できない、日記を書いている今でさえも整理することが簡単じゃない。

一瞬の出来事だった。

武豊を目の前で見たことは僕にとって大きな衝撃だった。

人というのは近くで見れば遠い存在に思え、また親しくなればなるほどもっと遠くになっていくとどこかで聞いたことがった。

今日僕が見た武豊は今まで過去20年間、書面やテレビを通して見ていたときよりも遠かった。

今でも本棚に並んでいる、中学生の頃、親に頼んで買ってもらった武豊の本。

それから自分のお金をコツコツ貯めて買ってきた本は18冊。

読めば読むほど武豊という存在は自分にとって身近な存在になっていった。

会ったこともないのに僕は武豊のことをすべて知った気になっていた。

「百聞は一見に如かず」

こんな言葉をこういう場面で使いたくないが、悔しいがその通りだった。

武豊は遠かった、限りなく遠かった。

武豊はファンを大切にする。

でもそれは自分のファンではなく、競馬のファンに対してだ。

武豊は自分を知ってもらうために催し物をやっているのではなく、競馬を知ってもらいたくてやっているのだと感じた。

自分の仕事を愛し、生きがいを持って取り組んでいる。

すばらしいことだと思った。

直後、友人からメールがあった

「オーラはあったかい?」と。

武豊にオーラはなかった。

だがオーラがないと思わせるオーラがあったのかもしれない。

風のような、空気のような人だった。

僕に衝撃を与えた今日の出来事。

全てにおいて振り回されっぱなしだったが、一つだけ気付いたことがあった。

それは「至宝」ということ。

武豊は競馬界の至宝である、

だがそれ以前に、僕にとってもかけがえのない至宝だったのだと気付いた。

今日は最高の一日だったかと言えばそれは違うかもしれない、

ただ今日は間違いなく大切な一日だった。

 

 

 

 

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